SSブログ
-| 2016年11月12日 |2016年11月13日 ブログトップ

日中戦争下における基礎研究シフト―科学研究費交付金の創設― [論文紹介]

[位置情報]水沢光「日中戦争下における基礎研究シフト-科学研究費交付金の創設-」『科学史研究』第51巻、No.264、2012年12月、210-219頁。

<概要>
 1939年3月に創設された科学研究費交付金は、現在の科学研究費補助金(科研費)の前身であり、日本における研究費補助の中核として、戦後に引き継がれた制度である。科学研究費交付金の予算規模は、それまであった科学研究奨励費や日本学術振興会の研究費などに比べて、格段に大きかった。また、基礎的研究に重点を置くという特徴をもっていた。日本の科学技術動員は、マンハッタン計画などの大規模な研究開発プロジェクトの遂行に力を注いだ欧米諸国の科学技術動員とは対照的に、基礎科学の振興を含むものであったことが、先行研究によって指摘されてきた。
 本論では、戦時下にもかかわらず、基礎的研究を重視する政策が実行されるに至った社会経済的な背景を明らかにすることを目指した。まず、第2節では、文部省編『学制百年史』が科学研究費交付金設置の理由だと指摘した科学封鎖に関して、科学研究費交付金が設置された時点では、まだ科学封鎖は本格化していなかったことを示した。考察の際には、いつごろから封鎖の動きが顕著になるのかを確定するため、1930年代後半から太平洋戦争開始までの各時期における、海外学術情報の入手状況を分析した。分析の対象は、主に、海外の書籍および雑誌の輸入状況とした。また、対日封鎖の進展を総合的に理解するために、軍需製品の対日禁輸措置や日本人留学生の受け入れ制限についても取り上げた。ついで、第3節では、日中戦争下において、軍需産業や代用品工業に関わる応用研究が進展する中で、研究環境の不備が顕在化し、研究機関の拡充や基礎的研究の振興が求められるようになったことを明らかにした。科学研究費交付金創設のもとになった科学振興調査会の設置は、科学界からの科学振興の提言をきっかけに具体化したものだった。分析にあたっては、科学者や科学振興調査会が科学振興を提言する上での理由や裏付けが、どのようなものだったのか、また、そうした理由や裏付けが、戦時の産業技術の在り方を反映してどのように変化していったのかに着目した。


科学史研究 2012年 12月号 [雑誌]

科学史研究 2012年 12月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2012/12/25
  • メディア: 雑誌



nice!(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
-| 2016年11月12日 |2016年11月13日 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。