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第2章ー航空研究機関での応用研究の進展ー [論文紹介]

[位置情報]水沢光「太平洋戦争初期における旧日本陸軍の航空研究戦略の変容」東京工業大学博士論文、2004年。

<第2章の概要>
陸軍による内閣への要求
 これまで取り上げてきた民間航空の指導統制策は、基本的には陸軍内の構想にとどまるものであった。1936年の2.26事件後、政治的発言力を高めた陸軍は、陸軍省を通じる等の公的な方法で、民間航空の振興・指導統制を行う行政機関の新設を、新内閣に対して執拗に要求した。1936年3月に成立した広田弘毅内閣の発足時には、「民間航空行政ノ統一」という間接的な表現で、民間航空の指導統制機関の設置を要求した。1937年2月に成立した林銑十郎内閣発足時には、具体的に「航空省」の新設を要求している。1937年6月に成立した第一次近衛文麿内閣発足時には、「航空省」および「中央航空研究所」の新設を求めた。陸軍内部の構想は、陸軍としての、内閣への要求になったのである。

陸軍構想への反発
 陸軍の求める民間航空振興の要求は、広く受け入れられるものであった。逓信省航空局では、陸軍構想に追従して、1937年5月以降、軍事航空の補完という観点を強調し、民間航空振興を進めている。しかし、陸軍構想自体には、逓信省及び海軍が反発する難点があった。「航空省」設立を求めた点である。逓信省にとって、「航空省」の設置は、逓信省から航空分野の所管を奪うことを意味するので、逓信省は「航空省」に反対し、航空局を逓信省の外局とすることで、民間航空を振興できると主張した。一方、海軍も「航空省」設立に反対していた。海軍では「航空省」設立を「空軍独立」につながるとものと見ていたのである。海外では、既に1930年までに、イギリス、イタリア、フランスで空軍が創設されており、1935年には、ドイツが再軍備と空軍独立を宣言して、これに続いた。ドイツ空軍設立を受けて、当時、日本でも陸軍を中心として「空軍独立」が議論されていたのである。海軍は、陸軍主導の「空軍独立」に同意せず、それにつながる「航空省」設置にも反対した。逓信省および海軍が、それぞれの思惑から反対したため、「航空省」は設置されず、結局、1938年2月1日付けで、航空局が、逓信省の外局になって、問題は決着した。

中央航空研究所の発足
 こうしたなか、1939年4月に、応用研究を目的する中央航空研究所が逓信省に設置された。中央航空研究所の設置は、陸軍の求める「航空省」設立に反対するなかで形成した逓信省航空局と海軍との連携で進んだ。研究所設立の準備予算は、小松茂(逓信省航空局長)と山本五十六(海軍次官)と賀屋興宣(大蔵大臣)の3人が折衝して決定した。新設された中央航空研究所の初の専任所長には、花島孝一(海軍中将)が就任した。また、研究所の設備・立地の決定といった実務でも海軍が支援した。このように紆余曲折があって、結果的には、逓信省と海軍の連携で、研究所が設立されたのだが。もともと、中央航空研究所の設立の起源には、陸軍構想があったのである。

東京帝国大学航空研究所での陸軍委託研究
 陸軍構想の2つめの影響は、東京帝国大学航空研究所の運営に対する影響である。1930年代末より、陸軍からの委託研究が東京帝国大学航空研究所全体のプロジェクトとして取り上げられ、研究所の運営が陸軍の研究開発に組み込まれるようになった。委託研究には、高高度飛行機に関する研究、高速機に関する研究、長距離機に関するという3つの主要な研究があった。これらの3つの委託研究では、東京帝国大学航空研究所が研究機の基礎設計を担当し、航空機製造会社が研究機の細部設計及び製作を担当した。3つの委託研究を通じて、東京帝国大学航空研究所は、航空機製造会社との関係を深め、陸軍の研究開発に組み込まれていった。

研究予算の不足
 研究所の運営に対して陸軍の影響が拡大した背景には、東京帝国大学航空研究所の研究費の少なさがあった。1941年における研究所全体の経常費予算は79万円ほどで、各部あたりの実験費は年額わずか2万円~5万円程度であった。研究所は、予算不足のため、発動機部1年間の予算で、実用発動機1台すら購入することができない状態だった。研究費の乏しい研究所の運営は、委託研究費を出す陸軍の要求に沿ったものとなったのである。

小結
 陸軍による要求は、中央航空研究所の新設、および東京帝国大学航空研究所への陸軍の委託研究のきっかけとなり、国内での応用研究の伸展に一定の影響を与えた。その後、1941年になると、アメリカの対日技術封鎖が本格化し、陸軍の航空研究機関への期待は新たな展開をみせる。

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